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東京高等裁判所 平成8年(行コ)2号 判決

控訴人 有限会社栗原商店

被控訴人 藤沢税務署長

代理人 加島康宏 ほか三名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が平成元年二月二七日付けでした

(一) 控訴人の昭和六〇年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度の法人税の更正処分及び過少申告加算税賦課決定のうち、所得金額五八五万一八〇四円、法人税額一八一万三八〇〇円及び過少申告加算税一八万一三〇〇円を超える部分

(二) 控訴人の昭和六一年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度の法人税の更正処分及び過少申告加算税賦課決定のうち、所得金額六七一万四〇七二円、法人税額二〇八万一三〇〇円及び過少申告加算税二〇万八一〇〇円を超える部分

をいずれも取り消す。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

当事者の主張は、次のとおり改めるほかは、原判決事実摘示(第二 事案の概要)記載のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決三枚目表五行目の「原告が」を「被控訴人が」に改める。

二  同四枚目表六行目から七行目にかけての「認められたものである。」の次に「特に、法人税の納付義務が成立するのは、その事業年度の終了時であり(国税通則法一五条二項三号)、課税標準たる法人所得と法人税額が確定するのは、納税者がその事業年度終了の日の翌日から二か月以内に行う確定申告によるのであるから(同法一六条一項一号前段、法人税法七四条一項)、申告に係る税額の計算が国税に関する法律の規定に従っていない合理的疑いがある場合その他当該税額が税務署長の行うべき調査によってはその調査の結果と異なる結果となり得る合理的な疑いがある場合にはじめて調査の必要ありとすべきである(国税通則法一五条一項一号後段)。」を加える。

三  同四枚目裏九行目の「濫用してされたものであり」の次に「行政上の適正手続に違反するものとして」を加える。

四  同四枚目裏九行目の次に行を改めて次のとおり加える。

「国税犯則事件における質問検査権の行使に際しては、事前の通知をすることによって、嫌疑者の逃走や証拠物件の隠匿、罪証隠滅の危険につながることがあるから、これをするか否かは税務職員の裁量に委ねる必要があるが、法人税法上の税務調査は、納税者のした確定申告の内容の法律的、事実的な適否の判断のための調査権限の行使に過ぎないのであるから、犯則事件におけるような事前通知の弊害はほとんどないといってよい。強権的な税務調査を予防するため事前通知は励行されるべきである。仮に、税務調査の事前通知をしないことが許される場合があるとすれば、税務職員において、調査対象年分の所得を正確に把握するために納税者の現況を知ることが不可欠である場合や、何回か事前通知をしたのに納税者がその都度正当な理由もなく調査を回避してきたというような特段の事情がある場合に限るべきであるが、控訴人に右のような事情が存在しないことは明らかである。」

五  同五枚目表六行目から同七行目にかけての「調査をせずに帰ってしまった。」の次に「税理士法三四条は、税務調査をするために納税者に事前の通知をするときは、代理権を証する書面を提出している税理士にもその旨の通知をしなければならないと定めているのであって、税理士のみに税務調査の立会権を認めているわけではない。調査にあたり、権力の行使が濫用にわたらないよう、納税者が他人に監視を依頼し、立ち会ってもらうことは当然許されるべきである。本件における細川京三事務局員は、納税者から会計帳簿の記録や原始資料の整理を依頼されていた者であって、立会を認めても何らの支障もないばかりでなく、税務職員にとっても事案を把握する上で有益であったと思われる。」を加える。

六  同五枚目裏三行目から同四行目にかけての「何ら調査理由を開示しなかったから、」を「何ら調査理由を開示しなかった。控訴人は、本件税務調査の時点では青色申告者であったから、被控訴人係官は、税務調査に当たり、その理由と根拠を具体的且つ懇切に説明する義務があったというべきである。法人税法一三〇条二項によれば、青色申告者に対する更正については更正通知書にその理由を記載しなければならないことになっているから、更正の前段階である税務調査においても、同様の義務が課せられていると解すべきである。よって、」に改める。

七  同二五枚目裏九行目の次に行を改めて次のとおり加える。

「法人税法一三一条は、当該法人の所得計算を推計する場合に、可能な限り当該法人の実態に即した数値を根拠に推計することを求めている。その趣旨に従う限り、実際に支出された一般経費の額が証明されている場合には、その証明された額に基づいて税額を算出すべきであり、比準同業者の平均一般経費率によって算出された一般経費に基づいて算出すべきではない。後者による一般経費は擬制に過ぎず、これによる所得計算は誤りである。」

第三証拠

証拠関係は、原審及び当審記録中の証拠関係目録各記載のとおりであるから、これを引用する。

第四当裁判所の判断

当裁判所も、本件税務調査手続に違法な点はなく、推計課税が必要な場合に該当し、推計の方法も不合理とまではいえず、控訴人の実額反証も推計の合理性を否定する有効な反証となり得ないから、本件各更正処分及び各過少申告加算税賦課決定はいずれも適法であると判断する。その理由は、次のとおり改めるほかは、原判決の理由説示(第三「争点に対する判断」及び第四「本件更正処分及び過少申告加算税賦課決定の適法性」)記載のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決三〇枚目表五行目の「証人芹澤昭敏」の次に「、同細川京三」を加え、同六行目の「証言」を「各証言」に改める。

二  同三三枚目表八行目から九行目にかけての「二階の一室」の次に「(従業員食堂)」を加える。

三  同三三枚目裏二行目の「原告代表者はこれに応ぜず、」の次に「現金出納帳、売上帳、仕入帳、売上伝票等のごく一部を机上に置いただけで、大部分の」を加える。

四  同三三枚目裏一〇行目の「〈証拠略〉、」の次に「〈証拠略〉、」を加える。

五  同三四枚目表初行の次に行を改めて次のとおり加える。

「ところで、同年一一月一一日午後一時ころ、芹澤係官が税務調査のため控訴人本社工場二階の一室(従業員食堂)を訪れ、同日午後一時一〇分ころ調査を断念して退出するまでの間の細川事務局員の行動については、芹澤証人が、細川事務局員の退席を求めたがこれに応ずる気配はなかったと証言するのに対し、控訴人代表者は、これと異なり、細川事務局員は芹澤係官の退席要請を受け、同室から外に出ようとして入り口まで歩いていった旨(甲九号証・陳述書)、また、同室入り口から外に出た旨(原審第一一回口頭弁論期日における供述)供述し、細川証人も部屋から退出し階段を降りつつあった旨証言している。右の控訴人代表者の原審第一一回口頭弁論期日における供述及び細川証人の証言は、控訴人代表者の陳述書(甲九号証)における前記陳述と微妙に異なっている上、細川事務局員が必要なことが起きるまでは退席してもよい旨提案していたのにもかかわらず、芹澤係官は一〇分程度いただけで帰ってしまった旨の控訴人の当初の主張(控訴人の平成三年七月一日付け準備書面(一)。この主張は細川事務局員が退席していないことを前提にしているものといえる。)とも異なっており、そのままには採用することができない。」

六  同三四枚目裏四行目の「調査し得ないというものではない。」を「調査し得ないというものではなく、右の疑いが当初から存在しない場合でも、申告の真実性や正確性を確認する必要がある場合には調査をし得ると解すべきである。」に改める。

七  同三六枚目裏五行目の「さらに、」から同九行目の「解すべきであり、」までを次のとおり改める。

「さらに、前記認定の事実によれば、被控訴人係官は、本件調査の際、具体的な調査理由を開示していないが、法人税法一五三条は、調査の具体的理由、必要性を事前に告知すべきことを調査の要件としておらず、他にこの点を義務付ける規定もないこと、及び前記の税務調査の性質からすれば、調査理由ないし必要性を開示するか否かは税務職員の合理的裁量に委ねられているというべきであることから、調査担当係官が調査の際に必ずその調査理由、必要性を具体的に開示しなければならないというわけではないと解すべきであり、」

八  同三九枚目裏一〇行目の「〈証拠略〉及び」の次に「〈証拠略〉、」を加える。

九  同四〇枚目表八行目の「〈証拠略〉及び」の次に「〈証拠略〉、」を加える。

一〇  同五〇枚目裏末行から同五一枚目表二行目にかけての「収入金額の総額も実額で立証する必要があるというべきであり、」を「収入金額の総額も実額で、即ち、右収入金額の合計がすべての取引先からのすべての取引による収入の合計であることを主張立証する必要があるというべきである。」に改める。

一一  同五一枚目表末行の「算出することとなり、」の次に「計算上の所得金額が実態とかけ離れたものとならざるを得ず、」を加える。

第五結論

よって、控訴人の請求を棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 三宅弘人 北野俊光 六車明)

【参考】第一審(横浜地裁 平成三年(行ウ)第二号 平成七年一二月二〇日判決)

主文

一 原告の請求をいずれも棄却する。

二 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が平成元年二月二七日付けでした

一 原告の昭和六〇年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度の法人税の更正のうち、所得金額五八五万一八〇四円、法人税額一八一万三八〇〇円及び過少申告加算税一八万一三〇〇円を超える部分

二 原告の昭和六一年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度の法人税の更正のうち、所得金額六七一万四〇七二円、法人税額二〇八万一三〇〇円及び過少申告加算税二〇万八一〇〇円を超える部分

をそれぞれ取り消す。

第二事案の概要

一 原告(自然食品及び豆腐の製造販売を営む有限会社)は、昭和六〇年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度(以下「昭和六〇年一二月期」という。)及び昭和六一年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度(以下「昭和六一年一二月期」といい、右二事業年度を併せて「本件係争事業年度」という。)の法人税についてした確定申告(青色申告)の所得金額に関して、税務調査(以下「本件調査」という。)を受けたが、被告係官に対して、第三者の立会いを求めるなどして調査に応じなかった。

そのため、原告は、被告から所得を実額で算定することが困難であると判断されて、推計課税による更正及び過少申告加算税賦課決定を受けた。

本件は、こうした経緯のもとで、原告が、本件調査手続の違法性、推計の必要性及び合理性を争い、かつ、売上金額について原告が推計により算出した経費以外の金額をそのまま認めたうえで、経費についてのみ実額による反証を試みているという事案である。

なお、本件係争事業年度における原告のした確定申告、被告のした更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税賦課決定、原告がした不服申立て並びにこれに対する決定・裁決の経緯は、別表一、二のとおりであり、この点は当事者間に争いがない。

二 争点

本件の争点は、本件調査手続の違法性、被告がした推計の必要性及び合理性の有無並びに経費のみの実額反証が認められるか否か、また、仮にこれが認められるとすれば、被告が試みた右実額反証の内容が事実に符合するかという点にあり、双方の主張・反論は次のとおりである。

1 本件調査手続の違法性について

(一) 原告

(1) 法人税法一五三条は、被告が原告に対し、「調査について必要があるとき」には、質問調査することができると規定している。これは、申告納税制度の下では、納税者の申告によってのみ課税標準と税額が確定されるのが原則であるが、納税者の行った納税申告が法律要件に合致していない場合やそれが過大又は過少であることにつき疑いのある場合に、課税権者の更正の適正を保障するために認められたものである。しかし、被告は、原告のした本件係争事業年度の納税申告が過少であるとの疑いがないのに、原告に対する税務調査が昭和五九年一二月期以降されていないという理由のみによって、本件調査に及んだから、本件調査は、調査の必要がないのにされたものであり違法である。

(2) 被告の監督庁である国税庁は、「昭和五一年度税務運営方針」において、税務調査の方法等について、これを行う際には、事前通知の励行に努め、また、現況調査は、必要最小限度にとどめる旨の方針を打ち出しているところ、本件調査は、原告に対する事前通知を欠き、また、現況調査を必要最小限度にするという配慮などもされずに行われており、職権を濫用してされたものであり違法である。

(3) 原告は、本件調査の際、民主商工会関係者の立会いを求めたが、これは自己の権利を守るための正当な権利行使である。ところが、被告係官は、昭和六三年一〇月二七日の原告本社への臨場の際、何らの具体的理由も示すことなく、一方的に右立会人の退席を求めて調査を行わず、また、同年一一月一一日の臨場の際も、立会人が一人しかおらず、しかも、その者が退出しかかっていたのに、調査をせずに帰ってしまった。このように、本件調査には、第三者の立会いを認めない違法がある。

(4) 調査担当者は、税務調査及び質問調査権行使の際には、被調査者に対し、その調査理由を具体的に告知すべきであるところ、本件調査において、原告代表者である取締役栗原敏昭(以下「原告代表者」という。)が、被告係官に対し、調査理由を尋ねたのに、被告係官は、何ら調査理由を開示しなかったから、本件調査は違法である。

(5) 原告の従業員は、法人税法一五三条の質問検査の対象者に当たらず、本件調査に応じる義務がないにもかかわらず、被告係官は、これらの者に対しても質問検査権を行使したから、本件調査は違法である。

(6) 原告は、被告から、昭和五八年八月一一日から昭和六〇年二月八日までの間にも、税務調査(昭和五七年一二月期以前の二事業年度分の法人税調査)を受けたことがあったが、このときの調査においては、被告は、民主商工会事務局員らの同席を認めたうえで、原告の申告上の誤りを指摘するなどの指導を行い、原告はこれに応じて修正申告をして円満に解決した。本件調査は、右の調査の先例に反する方法でされたもので、この点からみても違法である。

(二) 被告

(1) 法人税法一五三条は、適正かつ公正な租税負担を実現するため、権限のある税務職員が、具体的事情に鑑み、客観的にみて調査の必要があると判断した場合には、当該法人に対する質問や帳簿書類等の検査をし得ることを規定している。ところで、被告は、原告の昭和五九年一二月以降の法人税について調査をしていなかったことから、原告の本件係争事業年度の所得金額が適正であるか否かについて調査する必要があると判断し、本件調査を実施した。したがって、本件調査には理由がある。

(2) 同条に基づく税務調査をする際、被調査者に対して、事前通知をするか否か、また、質問検査権の範囲、程度、時期等の実施の細目については、質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との考量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的な裁量に委ねられている。

本件調査の場合、被告は原告の現場の状況をそのまま把握する必要があったため、事前通知をすることなく調査に着手したのであり、このような調査方法は、右裁量の範囲を逸脱するものではなく、その他、本件調査における質問調査権の行使に違法な点はない。

また、前記「昭和五一年度税務運営方針」は、調査担当者の心構えを説いたもので、調査の具体的方法等については、調査担当者の合理的な裁量に委ねられている。

(3) 税務調査は、その性質上、被調査者の取引先等第三者の秘密に属する事項に及ぶことが少なくなく、税務職員には職務上知り得た秘密を漏らしてはならないという義務が課せられているから、税務調査の際、調査担当者は、第三者の立会いを拒むことができ、これを認めるか否かは、調査担当者の合理的な裁量に委ねられている。

本件調査において、被告係官は、合理的な判断に基づき、第三者の立会いを拒否したのであり、これが社会通念上著しく妥当性を欠き、裁量権を濫用したと認めるべき特段の事情は存在しないから、本件調査は正当である。

なお、右のとおり、本件調査の際、第三者の立会いを認めるか否かについては、被告係官の合理的な裁量に委ねられている以上、過去の税務調査において、第三者の立会いが認められたか否かは問題とならない。

(4) 税務調査の担当者は、調査の際、具体的な調査理由を開示しなければ、調査をすることができないということはなく、しかも、本件では、被告係官は、原告代表者に対し、本件係争事業年度の所得金額が適正であるか否かを調べる必要がある旨を告げているから、本件調査に違法はない。

(5) また、法人税法一五三条所定の質問検査権は、必要に応じて、当該法人の機関である代表者だけでなく、その業務を分掌している従業員に対しても及ぶから、被告係官が、本件調査の際、原告従業員に対し、質問検査権を行使したことに何ら違法はない。

2 推計の必要性

(一) 被告

(1) 被告は、原告の昭和五九年一二月期以降の法人税について調査をしていなかったことから、原告の本件係争事業年度の所得金額等が適正か否かを調査する必要があると判断し、被告所部大蔵事務官芹澤昭敏(以下「芹澤係官」という。)にその調査を命じた。

(2) 芹澤係官は、昭和六三年一〇月二七日午前一〇時ころ、被告所部大蔵事務官鈴木敏昭(以下「鈴木係官」という。)とともに、原告肩書地所在の原告本社に臨場し、原告代表者の妻豊子に面接し、身分証明書及び質問検査章を提示したうえ、昭和五九年一二月期以降の法人税調査のために伺ったので調査に協力して欲しいと告げたところ、豊子は、原告代表者が不在であり、午後にならないと帰社しないことを理由に調査に応じなかった。そこで、芹澤係官らは、豊子に対し、同日午後二時三〇分ころ再度来訪する旨告げ、同日午前一〇時二〇分ころ、同所を辞去した。

(3) 一方、芹澤係官の命を受けた被告所部大蔵事務官和田勝利(以下「和田係官」という。)は、同日午前一〇時ころ、東京都府中市日新町三丁目三九番二号所在の原告の事業所に臨場し、その責任者である栗原俊二に対し、身分証明書及び質問検査章を提示したうえ、昭和五九年一二月期以降の法人税調査のために伺った旨告げたところ、同人が、忙しいので後にしてくれなどと答えたため、同所で待機していた。しばらくして、俊二に電話が入ったが、同人は、その直後から急に態度が変わり、和田係官に対し、午後五時以降でないと調査に応じられないなどと述べた。

そこで、和田係官は、俊二に対し、同日午後五時三〇分に再度来訪する旨告げて、同日午前一〇時三〇分ころ、同所を辞去した。

(4) 芹澤係官及び鈴木係官は、同日午後二時三〇分ころ、再度原告本社を来訪し、豊子に案内されて、本社内にある工場の二階の一室に通された。

その部屋には、原告代表者及び湘南民主商工会の会員及びその関係者と思われる六名の者が待機していた。

芹澤係官らは、原告代表者に対し、身分証明書及び質問検査章を提示したうえ、昭和五九年一二月期以降の法人税調査のために来訪した旨述べ、原告代表者に対し、「税務調査に税理士等の資格のない第三者が立ち会うことは、税務職員の守秘義務違反となるので、民商会員等を退席させてください。」と要請したが、同人は、「何で調査するの。今年だって一〇〇〇万円くらい申告したはずだけどそれでいいだろう。」などと申し立てるのみで、右退席要請に応じなかった。また、右民主商工会の会員も、退席に応じる気配を示さなかった。

そこで、芹澤係官は、原告代表者に対し、右要請に応じないことは調査妨害に当たること、調査に応じなければ税務署が独自の調査を進めざるを得ないことなどを説明したが、原告代表者は、右要請に応じる気配を示さなかった。そこで、芹澤係官は、当日の調査を打ち切り、同日午後三時ころ原告本社を辞去し、武蔵府中税務署で待機していた和田係官に対し、前記事業所への再臨場を中止するよう指示した。

なお、芹澤係官は、原告本社を辞去する際、原告代表者に対して、再度、調査に協力するよう要請して名刺を渡し、また、明日にでも電話で連絡して欲しい旨告げ、その約束を得た。

(5) 芹澤係官は、同月二八日を過ぎても、原告代表者から電話がなかったことから、同月三一日午後四時三〇分ころ、原告方に電話をかけ、原告代表者との間で、次回調査期日を同年一一月一一日午後一時にすることで合意した。その際、芹澤係官は、原告代表者に対し、税理士等の資格のない第三者を調査に立ち会わせることは調査拒否に当たるので、そのような者を立ち会わせないよう念を押したところ、原告代表者もこれを了解した。

(6) 芹澤係官は、同年一一月一一日午後一時ころ、被告所部大蔵事務官鳩野長昭(以下「鳩野係官」という。)とともに、原告本社を来訪した。

芹澤係官及び鳩野係官は、前記工場の二階の一室に通されたが、そこには、同年一〇月二七日の調査の際に同席していた者一名が立ち会っていた。

芹澤係官は、原告代表者に対し、右の者の退席を要求したが、拒否されたため、税理士等の資格のない第三者を調査に立ち会わせることは調査妨害に当たること、今後は税務署が独自調査を行うこと、原告の調査拒否は、青色申告の承認取消要因の一つになることなどを告げ、同日午後一時一〇分ころ、鳩野係官とともに原告本社を辞去した。

(7) 右のように、原告代表者は、被告係官が税務調査の協力を再三にわたり要請したにもかかわらず、これに応じる気配を示さなかったばかりか、第三者を立ち会わせ、調査の妨害を行い、同係官の再三の退席要請にも応ぜず、調査に協力する姿勢を全く示さなかったのであるから、被告が、原告の本件係争事業年度の所得金額を実額で算定することは到底不可能であった。したがって、被告が、原告の本件事業年度の所得金額を、推計により算出する必要性が存したことは明らかである。

(二) 原告

被告係官が、昭和六三年一〇月二七日及び同年一一月一一日における本件調査の際、これに立ち会った民主商工会会員の退席を要求したことは違法であるから、原告代表者が右の要求を拒んだことは本件調査を拒否したことにはならない。

また、原告代表者は、同年一一月一一日の本件調査においては、これに応じる意思があり、そのため、芹澤係官に対し、その場にいた、経理を補助している民主商工会事務局員の細川京三を別の部屋に退出させてもよいと述べ、現に同人を退席させようとしたのであり、また、現金出納帳、経費帳、納品伝票控及び売上伝票等調査に必要な帳簿書類を机上に置き、これを開き、同係官に対し、調査をするならすぐ始めるよう求めた。したがって、芹澤係官は、税務調査をしようとする意思があれば、直ちに調査することが可能であった。それにもかかわらず、芹澤係官はこれを調査せず、一〇分足らずで帰ってしまったのであるから、原告は、本件調査を拒否又は妨害していない。

3 推計の合理性

(一) 被告

(1) 被告が、原告の本件係争事業年度の所得金額を算出するために採用した推計の方法は、まず、取引先等により調査した原告の豆腐等の製造販売に係る材料仕入金額及び自然食品の販売に係る仕入金額(別紙1、2)を各基礎として、後記(2)のとおりの方法で算出した原告とそれぞれ業種及び事業規模を同じくする法人(比準同業者)の平均売上原価率及び平均一般経費率(別紙3、4)から、それぞれ原告の売上金額及び一般経費を算定したうえで、売上金額から、売上原価、一般経費及び一般経費以外の経費(売上原価との相関関係が比較的薄いか、相関関係がないもの)を控除し、さらに、右控除後の金額に受取利息、受取配当金等を加算して所得金額を推計するというもので、合理性があり、これによれば、原告の本件係争事業年度における所得金額は以下のとおりである。

昭和六〇年一二月期

〈1〉 売上金額 二億六〇六一万一七八五円

右は、次のアとイの合計である。

ア 別紙1の昭和六〇年一二月期の材料仕入金額計三六九八万七四二七円を、別紙3の同期の売上原価率の平均二七・一一パーセントで除して算出した金額一億三六四三万四六二五円

イ 別紙2の昭和六〇年一二月期の仕入金額計九一九一万五九三四円を、別紙4の同期の売上原価率の平均七四・〇二パーセントで除して算出した金額一億二四一七万七一六〇円

〈2〉 売上原価 一億二八九〇万三三六一円

右は、右〈1〉のアの材料仕入金額とイの仕入金額の合計である。

〈3〉 一般経費 九四六六万四七九五円

右は、損金に算入すべきもののうち、右〈2〉、次の〈4〉ないし〈7〉、貸倒金、固定資産除却損以外の費用であり、次のウとエの合計である。

ウ 右〈1〉のアの売上金額に別紙3の昭和六〇年一二月期の一般経費率の平均五三・七三パーセントを乗じて算出した金額七三三〇万六三二四円

エ 右〈2〉のイの売上金額に別紙4の昭和六〇年一二月期の一般経費率の平均一七・二〇パーセントを乗じて算出した金額二一三五万八四七一円

〈4〉 役員報酬 一二〇〇万円

右は、原告の確定申告書による金額である。

〈5〉 建物及び建物附属設備に係る減価償却費 一二九万九〇二五円

前同様である。

〈6〉 地代家賃 五四九万二六〇〇円

青木照光ほか三名に対する地代家賃の合計である。

〈7〉 支払利息割引料 一〇六万四三三六円

横浜信用金庫湘南台支店に対するものである。

〈8〉 受取利息 九万五六一五円

右〈4〉に同じ。

〈9〉 受取配当金 六四〇円

右〈4〉に同じ。

〈10〉 所得金額(〈1〉-〈2〉ないし〈7〉+〈8〉+〈9〉) 一七二八万三九二三円

昭和六一年一二月期

〈1〉 売上金額 二億七五五七万七八六二円

右は、次のアとイの合計である。

ア 別紙1の昭和六一年一二月期の材料仕入金額計三四三八万四九二一円を、別紙3の同期の売上原価率の平均二四・九二パーセントで除して算出した金額一億三七九八万一二二三円

イ 別紙2の昭和六一年一二月期の仕入金額計一億〇〇四八万六八二六円を、別紙4の同期の売上原価率の平均七三・〇三パーセントで除して算出した金額一億三七五九万六六三九円

〈2〉 売上原価 一億三四八七万一七四七円

右は、右〈1〉のアの材料仕入金額とイの仕入金額の合計である。

〈3〉 一般経費 一億〇二七一万三二九四円

右の内容は、前述のとおりであり、次のウとエの合計である。

ウ 右〈1〉のアの売上金額に別紙3の昭和六一年一二月期の一般経費率の平均五六・五七パーセントを乗じて算出した金額七八〇五万五九七七円

エ 右〈2〉のイの売上金額に別紙4の昭和六一年一二月期の一般経費率の平均一七・九二パーセントを乗じて算出した金額二四六五万七三一七円

〈4〉 役員報酬 一二〇〇万円

右は、原告の確定申告書による金額である。

〈5〉 建物及び建物附属設備に係る減価償却費 一八〇万〇二二九円

前同様である。

〈6〉 地代家賃 七一〇万四〇〇〇円

青木照光ほか四名に対する地代家賃の合計である。

〈7〉 支払利息割引料 一八三万五一三九円

横浜信用金庫湘南台支店に対するものである。

〈8〉 受取利息 七五万五五九五円

右支店から受け取った預金利息である。

〈9〉 受取配当金 六四〇円

右〈4〉と同様である。

〈10〉 雑収入 四六万三二四〇円

右は、益金に算入すべき原告の法人税還付加算金等の合計である。

〈11〉 所得金額(〈1〉-〈2〉ないし〈7〉+〈8〉ないし〈10〉) 一六四七万二九二八円

(2) ところで、右推計に用いた比準同業者は、原告が神奈川県藤沢市及び東京都府中市において、豆腐等製造業及び自然食品販売業を営んでいることから、東京国税局管内のうち神奈川県又は東京都に納税地を有する豆腐等製造を営む法人事業者又は自然食品販売業を営む法人事業者のうち、次の〈1〉から〈4〉の基準すべてに該当する者を別紙3、4のとおり、本件係争事業年度ごとに抽出したものである。

〈1〉 青色申告の承認を受けている法人

〈2〉 豆腐等製造業又は自然食品販売業のそれぞれについて、本件係争事業年度の売上原価が、原告のそれの半分以上二倍以下の範囲内にある法人

〈3〉 年を通じて豆腐等製造業又は自然食品販売業の事業を継続している法人

〈4〉 次のア又はイのいずれにも該当しない法人

ア 災害等により経営状態が異常であると認められるもの

イ 税務署長から更正又は決定処分を受けている者のうち、次の(a)又は(b)に該当するもの

(a) 当該処分について国税通則法又は行政事件訴訟法の規定による不服申立期間又は出訴期間の経過していないもの

(b) 当該処分について不服申立てがされ、又は訴えが提起されて現在審理中であるもの

(3) 以上のとおり、被告は、右の条件を満たす者を漏れなく抽出しているので、そこには恣意の介在する余地がなく、被告のした推計により算出された所得金額は、原告の実際の所得金額に近似した数値が得られていると推認され、右推計の方法には合理性がある。

なお、原告は、自己の業務について、他の同業者と異なるとする点を強調するが、要するに豆腐等の製造が手作りであり、その販売も多くの車両を使用するなど、所得金額の計算上、原価ないし費用が多くかかるというものである。しかし、右主張は、それによって、推計計算の要素である売上金額、売上原価率、一般経費率等にどのような影響を及ぼし、結果として被告の推計方法にいかなる不合理があるかについての具体的な言及がなく、失当である。

被告が原告の一般経費の額を推計したのは、原告の一般経費に含まれるすべての費用の内訳が明らかにされなかったことから、比準同業者の売上金額に対する一般経費の額の割合を基にその近似値を求めざるを得なかったものである。

(4) 本件更正処分における原告の所得金額は、それぞれ、別表一、二のとおり

昭和六〇年一二月期 一二五三万一七八一円

昭和六一年一二月期 一五二五万二三一八円

であるが、被告が、本訴で主張し、合理性のある推計額と認める原告の本件係争事業年度の所得金額は、それぞれ

昭和六〇年一二月期 一七二八万三九二三円

昭和六一年一二月期 一六四七万二九二八円

であって、前者はいずれも後者の金額の範囲内であるから本件更正処分は適法であり、したがって、これらの金額を前提としてされた本件過少申告加算税賦課決定も適法である。

(二) 原告

(1) 原告の業態は、以下のとおりである。

原告は、豆腐を製造販売しているが、その製造法は、専ら国産大豆を原料として用いて、昔ながらのにがりによって凝固させるなど、製造工程のすべての段階で人間の労力を用いる、いわゆる手作りによるものである。

一般の豆腐製造業者は、六〇キログラムの大豆から一〇〇〇丁以上の豆腐を製造するが、原告のやり方では、六〇キログラムの大豆から四五〇丁程度の豆腐しか製造できないし、製造に係る従業員数も多くなっている。

また、原告は、有機栽培で作られた無農薬野菜などを仕入れ、原告が製造した豆腐、油揚げ等とともに、地域ごとにグループ化した顧客に対して販売しているが、その販売方法は、原告代表者及び約五〇名の従業員が毎日、約一〇台の自動車を使用して、八又は九コースに分かれて配送するというものである。したがって、原告が製造した豆腐は、売上数量に比して売上原価及び売上金額が高く、その反面、後述のように、原告の人件費や車両関係費が極めてかさむのであるが、本件推計は、このような原告の業態を全く考慮していない。

(2) しかも、被告は、前記のとおり、昭和五八年八月一一日から昭和六〇年二月八日の間に、原告の税務調査をしており、原告の確定申告書を既に検討していること、原告は、役員報酬や給与等について源泉所得税を納付していること、また、原告は、社会保険事務所に対し、右給与に係る社会保険料を納付しており、被告が右社会保険事務所に照会することは容易であること、調査担当者が、本件調査のため原告の工場等に臨場した際、多数の従業員が仕事に従事していたことを現認していること、原告の昭和五六ないし五九年事業年度の役員報酬及び従業員の給与等については、被告も是認していたことからすれば、被告は、原告の右業態や原告の事業に要する人件費等が多額なものになることなどについて、これを知悉していたか、少なくとも知悉し得たはずである。それにもかかわらず、本件推計方法は、これらを考慮しないでされているから、合理性がない。

被告は、右のような事情を知りながら、これを無視して、原告の確定申告書の経費・控除費目から、役員報酬、建物及び建物附属設備に係る減価償却費、支払利息割引料、貸倒金、地代家賃、固定資産除却損の金額のみを採用し、後述のように極めて多額となる人件費については、これを一般経費の中に含めて経費・控除費目を不当に低く押えるという恣意的な方法で、本件推計をしたもので、推計方法として許されない。

(3) 被告は、本件推計を行うに当たり、豆腐製造販売比準同業者と自然食品販売比準同業者のそれぞれにつき、売上原価、役員報酬、給与、雑給、賞与、外注費、従業員の多少により金額に変動がある法定福利費、建物及び建物附属設備に係る減価償却費、利子割引料、地代家賃、固定資産除却損を除いた経費費目の金額を算出して、その合計経費の売上金額に対する割合(これが「常識的な一般経費率」となる。)を算出し、その平均経費率によって原告の「常識的な一般経費」を算出したうえ、原告の売上金額から、被告の認める売上原価とともにこれを控除し、さらに原告の確定申告書により明らかな人件費と被告が是認した建物及び建物附属設備に係る減価償却費、利子割引料、地代家賃、固定資産除却損を控除して、原告の本件係争事業年度の所得金額を推計すべきであった。このような推計方法こそが、合理性を有する唯一の推計方法である。

(4) 本件推計における豆腐等製造に係る比準同業者の売上原価率は、昭和六〇年一二月期が二七・一一パーセント、昭和六一年一二月期が二四・九二パーセントであり、その差は二・一九パーセントであるなど、各事業年度の比率に安定性がない。

また、同じく一般経費率は、昭和六〇年一二月期が五三・七三パーセント、昭和六一年一二月期が五六・五七パーセントであり、経年一般経費率が増加しているところ、原告のように経年の変化がない事業に、このような比率を適用するのは適切でない。

(5) 原告代表者の妻は原告の従業員として給料を受け取っており、被告の推計方法ではこれも「一般経費」に解消されてしまっている。ところで、被告の主張する各比準同業者においては、取締役報酬が一般経費から除外されているから、これを原告に適用する場合にも、豆腐等製造業及び自然食品販売業それぞれにおいて、取締役報酬に相当する金額を差し引くべきであるのに、被告はこれを怠っているから、本件推計によると、原告に対し、実際の一般経費率よりも低い一般経費率が適用される結果となり、不合理である。

4 実額反証

(一) 原告

原告は、被告が主張している前記3(一)(1)の本件係争事業年度の原告の各売上金額及び売上原価(各順号〈1〉及び〈2〉)については、これを認めるから、これらの点について自白が成立する(なお、原告は、別紙3及び4のとおり、被告が主張する比準同業者による各売上金額及び売上原価率の計算過程についても争わない。)。

また、原告は、前記3(一)(1)の昭和六〇年一二月期の順号〈4〉ないし〈9〉及び昭和六一年一二月期の順号〈4〉ないし〈10〉の各金額もいずれも認める。

したがって、本件係争事業年度の所得金額の算出については、各順号〈3〉の一般経費の額のみが争いとなるから、原告は、実額反証をするに当たり、当該年度における一般経費の額のみを立証すれば足りる。

なお、仮に、一般経費のみの実額反証が許されないと解したとしても、その主張・立証は、推計の合理性を否定する反証としての意味を有する。

原告は、単なる製造卸業ではなく、製造卸及び小売り並びに宅配業者であり、他の製造卸売業者とは、その営業形態に著しい差異がある。この差異が人件費、その他の一般経費の額に現れてくるのであり、原告主張の一般経費の額は、原告の業種形態が比準同業者なるものの平均値によって、捨象されるものではない証拠である。

原告の本件係争事業年度の各一般経費は、以下のとおりであり、その結果、昭和六〇年一二月期の法人税額は一八八万八九〇〇円、過少申告加算税は一八万八八〇〇円となり、昭和六一年一二月期の法人税額は二四六万五八〇〇円、過少申告加算税は二四万六五〇〇円となる。

(1) 昭和六〇年一二月期の一般経費は、次の〈1〉〈2〉の合計であり、少なくとも、一億〇六〇三万三一九四円である。

〈1〉 人件費             六八〇五万五九二五円

(内訳)

従業員への支払給与            三一六一万三〇五九円

雑給(パートタイムの従業員への支払給与) 三一六九万三八六六円

支払賞与                  四七四万九〇〇〇円

〈2〉 その他の一般経費        三八〇四万〇九八九円

(内訳)

法定福利費                 四一二万二七〇二円

福利厚生費                 一〇一万七八三二円

交際接待費                 二六〇万四二八四円

広告宣伝費                  六八万八三七三円

図書費                    三九万六二七〇円

消耗品費                  六九〇万三三八八円

事務用品費                  二〇万〇一一三円

車両維持費                 六六三万一三二四円

荷造運賃費                  五三万二八一〇円

支払保険料                 三〇五万九七六六円

水道光熱費                 三八〇万一二九八円

備品費                   一〇六万二五九〇円

租税公課                   五〇万八一五〇円

旅費交通費                 一一九万三一八〇円

通信費                    七八万七六四三円

修繕費                   一〇二万八三九一円

雑費                     五〇万〇六一五円

諸会費                    四六万一八七〇円

賃借料                   二五三万九五九〇円

(なお、右経費合計額から裏付けを欠く三六万四三四〇円を減額する。)。

(2) 昭和六一年一二月期の一般経費は、次の〈1〉〈2〉の合計であり、少なくとも、一億一一二三万一九七四円である。

〈1〉 人件費             七三七九万二八二四円

(内訳)

従業員への支払給与            三三四九万五四三六円

雑給(前同)               三五一二万二八八八円

支払賞与                  五一七万五五〇〇円

〈2〉 その他の一般経費        三八七三万〇二九〇円

(内訳)

法定福利費                 三八五万二五三五円

福利厚生費                 一四四万六三六五円

交際接待費                 一七三万二八〇〇円

広告宣伝費                 一一八万九七三四円

外注費                   一一一万一五五四円

消耗品費                  九三二万九三七二円

事務用品費                  六三万八六五五円

車両維持費                 四九八万〇九五〇円

荷造運賃費                  五一万四六三六円

支払保険料                 二七六万三七一六円

水道光熱費                 四一七万九七六六円

備品費                    三六万〇九八〇円

租税公課                   二一万四二二〇円

旅費交通費                 一二四万三〇七〇円

通信費                    七一万〇一七六円

修繕費                    九八万一六一〇円

雑費                     四七万八九四七円

諸会費                     三万六〇〇〇円

賃借料                   二九一万三二四〇円

(なお、右経費合計額から裏付けを欠く一二四万〇一七六円を減額する。)。

(二) 被告

実額反証をするには、売上金額が収入の総額であって、実際の売上が右主張金額を上回るものでないこと、実際の経費が原告主張の経費を下回るものでないこと、及び右経費と収入金額が対応するものであることを立証しなければならないというべきである。しかし、原告は、右立証を何らしていない。なお、被告が主張する原告の売上金額は、原告が税務調査に協力しなかったため、止むを得ず推計により算出したものであり(原告の確定申告書添付の法人財務諸表記載の売上金額にも満たない。)、これをもって原告のすべての売上金額であると主張しているものではない。

第三争点に対する判断

一 本件調査手続の違法性及び推計の必要性

1 本件調査の経緯

当事者間に争いのない事実、〈証拠略〉、証人芹澤昭敏の証言、原告代表者の尋問の結果及び弁論の全趣旨から認められた本件調査の経緯は、次のとおりである。

(一) 被告は、原告の昭和五九年一二月期以降の法人税について調査をしていなかったことから、原告の本件係争事業年度の所得金額等が適正か否かを調査する必要があると判断し、芹澤係官にその調査を命じた。

(二) 芹澤係官は、原告に対する事前の通知をすることなく、昭和六三年一〇月二七日午前一〇時ころ、鈴木係官とともに、原告肩書地所在の原告本社に臨場し、原告代表者の妻豊子に面接し、身分証明書及び質問検査章を提示したうえ、昭和五九年一二月期以降の法人税調査のために来訪した旨告げ、右調査に協力するよう求めた。

これに対し、豊子は、原告代表者が不在であり、午後にならないと帰社しないことを理由に調査に応じなかった。

そこで、芹澤係官らは、豊子に対し、同日午後二時三〇分ころ再度来訪する旨告げ、同日午前一〇時二〇分ころ、同所を辞去した。

(三) 和田係官は、芹澤係官の命を受け、同日午前一〇時ころ、東京都府中市日新町三丁目三九番二号にある原告事業所に臨場し、原告従業員の栗原俊二に対し、身分証明書及び質問検査章を提示したうえ、昭和五九年一二月期以降の法人税調査のために来訪した旨告げたところ、同人が「朝は忙しいので、後にしてくれ。」などと述べたことから、しばらく同所で待機していたところ、同人は、和田係官に対し、「午後五時以降でないと忙しくて調査に応じられない。」などと述べた。

そこで、和田係官は、俊二に対し、同日午後五時三〇分に再度来訪する旨告げて、同日午前一〇時三〇分ころ、同所を辞去し、武蔵府中税務署で待機した。

(四) 芹澤係官は、同日午後二時三〇分ころ、鈴木係官とともに、再度原告本社を来訪したが、豊子は、二人を本社内にある工場の二階の一室に通した。

芹澤係官らが、部屋に入ると、原告代表者及び湘南民主商工会の細川京三事務局員ら五、六名の会員が部屋の中央に置かれたテーブルの回りに座っていた。

芹澤係官は、原告代表者に対し、身分証明書を提示し、昭和五九年一二月期以降の法人税調査のために来訪した旨述べ、部屋にいる者はどういう関係の人であるかと尋ねたところ、原告代表者は、民主商工会の者である旨回答した。そこで、芹澤係官は、原告代表者に対し、税理士以外の第三者が税務調査に立ち会うことは、守秘義務違反となるので、右の者らを退席させるよう求めた。

これに対し、原告代表者は、「何で調査するのか。今年だって一〇〇〇万円くらい申告したはずだ。」、「(第三者が)いても構わない。」「自分は民間人だから守秘義務はない。」などと述べ、芹澤係官の求めに応じなかった。また、右民主商工会の会員も、「税務署は、逸脱行為をするから監視するのだ。」などと述べ、退出しようとしなかった。

そこで、芹澤係官は、同日午後三時ころ、原告代表者に対して、当日の調査を打ち切る旨を伝え、また、明日にでも電話で連絡して欲しい旨告げたうえ、鈴木係官とともに、名刺を渡して本社を辞去した。

芹澤係官は、藤沢税務署に帰署した後、武蔵府中税務署で待機している和田係官に電話をかけ、前記事業所への再臨場を中止するよう指示した。

(五) 芹澤係官は、同月二八日を過ぎても、原告代表者から電話がなかったことから、同月三一日午後四時三〇分ころ、原告に電話をかけ、原告代表者との間で、次回調査期日を同年一一月一一日午後一時にすることで合意した。その際、芹澤係官は、原告代表者に対し、第三者の立会いがあると調査が進展しないので、立会いのないようにして欲しい旨を述べた。

(六) 芹澤係官は、同年一一月一一日午後一時ころ、鳩野係官とともに、前記原告本社を来訪した。

芹澤係官は、前回調査と同様、前記工場の二階の一室に通されたが、そこには、前記細川事務局員が座っていた。

芹澤係官は、原告代表者に対し、第三者がいては調査ができないので、同人を退席させるよう求めたが、原告代表者はこれに応ぜず、帳簿等の提示もしなかった。

そこで、芹澤係官は、原告代表者に対し、第三者を退席させねば調査ができないから、今後は税務署が独自調査を行うこと、また、帳簿の提示がないからその備付け及び記帳がないことになるため、青色申告の取消要因になることなどを述べ、同日午後一時一〇分ころ、鳩野係官とともに原告本社を辞去した。

以上の事実が認められ、この認定に反する〈証拠略〉、原告代表者の供述は、前掲証拠に照らし、にわかに採用することができない。

2 本件調査手続の違法性について

(一) 原告は、法人税法一五三条の「法人税に関する調査について必要があるとき」とは、納税者の行った納税申告が法律要件に合致していないことやそれが過大又は過少であることにつき疑いのある場合をいうところ、被告は、原告の本件係争事業年度の納税申告が過少である疑いがないのに、原告に対する税務調査が昭和五九年一二月以降されていないという理由のみによって本件調査をしたものであり違法である旨主張する。

しかし、同法一五三条の「調査について必要があるとき」とは、権限のある税務職員が、具体的事情に鑑み、客観的にみて調査の必要があると判断した場合をいうのであり、必ずしも、納税申告が過少であるなどの疑いがなければ調査し得ないというものではない。

ところで、前記事実によれば、被告は、原告の昭和五九年一二月以降の法人税について調査をしていないことから、原告の本件係争事業年度の所得金額が適正であるか否かについて調査する必要があると判断して本件調査に及んだことが認められ、これは、権限のある税務職員が本件調査の必要性について、合理的に判断したものであると解される。したがって、この点に関し、本件調査に違法な点はない。

(二) また、原告は、質問検査権の行使に関し、本件調査が前記「昭和五一年度税務運営方針」が要求している事前通知もなく、現況調査を必要最小限にするという配慮もされていないこと、本件調査の際、第三者の立会いが認められなかったこと、被告が本件調査に当たり、原告に対し、調査理由を開示していないこと、被告係官が、原告の従業員にまで質問検査権を行使したこと、原告がかって被告から昭和五七年一二月期以前の二事業年度分の法人税の調査を受けた際には民主商工会事務局員の同席が認められたのに、本件調査の際にこれが認められなかったのは、右の調査の先例と異なることから、本件調査が違法である旨主張する。

ところで、本件調査において、事前通知がなかったこと、被告係官が、昭和六三年一〇月二七日の調査の際、原告の従業員で、原告代表者の妻である豊子らに質問をしたこと、同日及び同年一一月一一日の調査の際、民主商工会細川事務局員らの退席を要請したことは当事者間に争いがないところ、事前通知をするか否かは、権限ある税務職員の合理的な裁量に委ねられていると解されるから、被告係官が事前通知をせずに来訪したからといって、直ちに調査が違法となるわけではないし、また、法人に対する質問調査権は、その従業員にも及ぶと解されるから、これにより調査手続が違法となるものでもない。

また、第三者の立会いに関しては、税理士法三四条以外に実体法の定めがないことや、税務調査の内容が被調査者のみならずその取引の相手方の営業上の秘密に及ぶこともあるなど、税務職員の守秘義務にも関連するものであるから、税理士以外の第三者の立会いを認めるか否かは、権限ある調査担当者の合理的選択に委ねられていると解すべきである。そして、前記認定の事実によれば、芹澤係官は、昭和六三年一〇月二七日及び同年一一月一一日の調査の際、原告代表者に対し、立会人の退席を要請したが、このことが明らかに不当であり、合理的裁量を逸脱したものとは認められない。

さらに、前記認定の事実によれば、被告係官は、本件調査の際、具体的な調査理由を開示していないが、前記税務調査の性質からすれば、調査担当者が調査の際に必ず、その調査理由を具体的に開示しなければならないというわけではないと解すべきであり、しかも本件では、前記認定のとおり、被告係官は、原告代表者に対し、本件係争事業年度の所得金額が適正であるか否かを調べる必要がある旨を告げているのであるから、被告のした調査に違法な点はない。

なお、被告が以前に行った税務調査において、民主商工会の会員の立会いを認めたことがあったからといって、これと異なる本件調査が直ちに違法になるはずのものでもない。

その他、本件調査手続が違法であることを認めるべき証拠はなく、この点に関する原告の主張は理由がない(なお、法人税法一五三条の税務調査は、課税処分そのものとは別の手続であるから、それが刑罰法規に違反したり、公序良俗に反する等、およそ税務調査をしたと評価し得ないほど違法性の程度が著しい場合を除いては、課税処分の取消事由とはならないと解される。)。

3 推計の必要性

(一) 本来、法人税の課税は、客観的に存在する真実の所得金額(実額)を課税標準としてされることが原則であるから、法人税の更正もまた、原則として実額調査によりされるべきである(国税通則法二四条、二五条)。

しかし、法人が、信頼できる調査資料を有しないなどの事由により、その所得金額を実額で把握することが不可能又は困難な場合に、実額が明らかでないことを理由に、当該法人に対する課税を行わないことが、国民の納税義務及び租税公平の見地から、許されないことは明らかであるから、このような場合には、実額調査に代わる方法として、推計による課税が認められている(法人税法一三一条)。

(二) そこで、本件において、被告が、原告の本件係争年度の法人税額を実額で把握することが不可能又は困難であったかを検討すると、前記で認定した事実経過によれば、原告代表者は、昭和六三年一〇月二七日及び同年一一月一一日の被告係官の税務調査に対し、これに応じる気配を示さなかったばかりか、第三者を立ち会わせ、被告係官らの再三の退席要請にも応じず、調査に協力する姿勢を示さなかったのであるから、被告が、原告の本件係争事業年度の法人税を実額で算定することは不可能であったと解される。

(三) これに対し、原告は、被告係官が、本件調査に立ち会った民主商工会会員の退席を要求したことは違法であり、原告が右の要求を拒んだことは本件調査を拒否したことにはならない旨主張する。

しかし、前記のように、税理士以外の第三者の立会いを認めるか否かは、権限ある調査担当者の合理的選択に委ねられていると解すべきであり、本件において芹澤係官が、昭和六三年一〇月二七日及び同年一一月一一日の調査の際、原告代表者に対し、立会人の退席を要請したことは相当であったといえるから、原告が右の要求を拒んだことが本件調査を拒否したことにはならないとする主張は理由がない。

(四) また、原告は、昭和六三年一一月一一日の調査においては、これに応じる意思を有し、必要な帳簿書類を机上に開いていたから、被告係官に調査をしようとする意思さえあれば、直ちに調査が可能であったにもかかわらず、被告係官はこれを調査せず、一〇分足らずで帰ってしまったから、本件推計には必要性がない旨主張する。

この点に関する原告の具体的な主張は、原告代表者は、同日の調査の際、現金出納帳、売上帳、仕入帳、経費帳及び売上伝票等の帳簿書類をテーブルの上に用意し、しかも、芹澤係官の要請を受けて、部屋に同席していた民主商工会の細川事務局員が部屋から退出しかけていたのに、同係官は帳簿書類も見ないで調査を打ち切ってしまったというものであり、これに沿う証拠として、〈証拠略〉及び原告代表者の供述部分が存する。しかし、〈証拠略〉によれば、当日、細川事務局員が退出しかけていたとか、右のような帳簿書類が用意されていたとは、にわかに認められないのみならず、〈証拠略〉によれば、本件係争事業年度該当の帳簿書類の一部は、段ボール四、五箱にも及ぶ大量のものであることが認められ、到底、調査に必要な帳簿書類すべてを右テーブルの上に乗せることができないことは明らかであるから、〈証拠略〉及び原告代表者の供述部分は、たやすく採用することができない(なお、仮に原告代表者が帳簿書類をテーブルの上に用意していたとしても、右のとおりその量からすれば、それらは本件係争事業年度該当の帳簿書類のごく一部分に過ぎないこととなり、しかも、前記認定のような状況の中では、原告が主張するように、被告係官に調査をしようとする意思さえあれば、直ちに調査が可能であったなどとはいえない。)。したがって、被告が、原告の本件係争事業年度の所得金額を、推計により算出する必要性が存したことは明らかである。

二 推計の合理性

1 次に、被告が採用した推計課税の方法については、その内容が実額調査に代わる方法となり得るだけの合理性を有していなければならないから、以下において、右合理性の存否について検討する。

2 〈証拠略〉によれば、以下の事実が認められる。

(一) 被告が、原告の本件係争事業年度の所得金額を算出するために採用した推計の方法は、まず、原告の取引先等の調査により、二つの事業の各売上原価(別紙1、2の仕入金額、材料費)を認定し、これを基礎として、各比準同業者の平均売上原価率及び平均一般経費率からそれぞれ原告の売上金額及び一般経費を算定したうえで、売上金額から、売上原価、一般経費及び一般経費以外の経費を控除し、さらに、右控除後の金額に受取利息、受取配当金等を加算して所得金額を推計するというものである。

(二) 比準同業者の抽出基準

東京国税局長は、東京国税局管内のうち神奈川県及び東京都所在の各税務署長に対し、平成三年五月二八日付け「税務訴訟に関する資料の作成及び報告について(通達)」と題する書面により、次の条件すべてに該当する者を抽出し、「豆腐製造販売を業とする者の課税事績報告書」を作成するよう通達した。

(1) 専ら豆腐等製造販売を業とする法人

(2) 青色申告の承認を受けている法人のうち、管内に事業所を有するもの

(3) 対象年分における材料費の金額が次の範囲内(原告の売上原価の二分の一以上二倍以下)である法人

昭和六〇年分 一八四九万三七一三円以上七三九七万四八五四円以下

昭和六一年分 一七一九万二四六〇円以上六八七六万九八四二円以下

(4) 年を通じて、右(1)の事業を継続している法人

(5) 次のア又はイのいずれにも該当しない法人

ア 災害等により経営状態が異常であると認められるもの

イ 更正又は決定処分がされている者のうち、次の(イ)又は(ロ)に該当するもの

(イ) 当該処分について国税通則法又は行政事件訴訟法の規定による不服申立期間又は出訴期間の経過していないもの

(ロ) 当該処分について不服申立てがされ、又は訴えが提起されて、現在審理中であるもの

また、東京国税局長は、右と同様、東京国税局管内のうち神奈川県及び東京都所在の各税務署長に対し、平成三年五月二八日付け「税務訴訟に関する資料の作成及び報告について(通達)」と題する書面により、次の条件すべてに該当する者を抽出し、「自然食品販売を業とする者の課税事績報告書」を作成するよう通達した。

(1) 専ら自然食品販売を業とする法人

(2) 青色申告の承認を受けている法人のうち、管内に事業所を有するもの

(3) 対象年分における材料費の金額が次の範囲内(前同)である法人

昭和六〇年分 四五九五万七九六七円以上一億八三八三万一八六八円以下

昭和六一年分 五〇二四万三四一三円以上二億九七万三六五二円以下

(4) 年を通じて、右(1)の事業を継続している法人

(5) 前記(5)に同じ。

右抽出の結果による各比準同業者の平均売上原価率及び平均一般経費率は、別紙3及び4のとおりである。

(三) そして、これらに基づき、前記第二3(一)(1)で記載のとおりの計算により(昭和六〇年一二月期の順号〈4〉ないし〈9〉、同六一年一二月期の同〈4〉ないし〈10〉は争いがない。)、原告の本件係争年度の事業所得金額を計算すると、昭和六〇年一二月期は、一七二八万三九二三円、昭和六一年一二月期は、一六四七万二九二八円となることが認められる。

(四) 以上のとおり、被告の右推計は、原告と業種が類似する比準同業者を、売上原価についての倍半基準という一応合理性のある基準によって抽出して行われ、比準同業者の抽出方法も恣意の介在する余地がなく、これを基にして前述のような方法で算出した金額は原告の実際の所得金額に近似した数値が得られていると推認され、右推計の方法には合理性がある。

(五) これに対し、原告は、同業者との個別的な業態の差異(原告が手作りの製造法による豆腐製造販売業者であることや販売方法が宅配によるなど特異であることから、人件費や車両関係費がかさむこと)を主張する。

しかし、およそ推計課税において、当該納税者の業態と完全に一致する者を選択することは不可能であり、その性質上、同業者との間に通常生じる営業条件等の差異は、同業者率の平均化の過程で、平均値の中に吸収されると解される。したがって、原告と同業者との間に生じる営業条件等の差異が、当該推計自体を不合理に至らせる程度に顕著な特殊事情と認められない限り、原告の個別事情は配慮されるべきではない。

そして、〈証拠略〉によれば、確かに原告の事業が、前記原告の主張するような製造・販売方法によっていることは認められるが、他方、〈証拠略〉によれば、原告製造にかかる豆腐等は、割高となり、販売価額も普通の品物より高いこと、原告の従業員には人件費の比較的安いパートタイム勤務の者が相当数いることが認められ、これらの点や、また、原告主張の経費が多いことが被告の前記推計の方法に具体的にどのように影響するのか判然としないことからしても、原告が主張する同業者との個別的な業態の差異はいずれも、経験則上、原告の同業者率の平均化の過程で捨象されないほど顕著な特殊事情であるとまではいえないというべきである。

(六) また、原告は、被告が、過去の確定申告書や源泉所得税の納付等により、原告の事業の人件費が多額であること等の事情を知悉し、又は知悉し得た旨主張するが、証人芹澤昭敏の証言に照らすと、右のような事実から直ちに被告が原告主張の事実を知悉していたなどとは認められず、他にこれを認めるに足りる的確な証拠はない。

さらに、原告は、被告が本件推計において、一般経費の中に多額となる人件費を含めていることなどをもって、本件推計は恣意的であると主張するが、前記のとおり、本件において、原告主張の人件費が推計の合理性を不当とするほどの特殊事情に当たるとはいえないから、右の主張も理由がない。

(七) また、原告は、本件推計に当たり、豆腐製造販売比準同業者と自然食品販売業者のそれぞれにつき、売上原価、役員報酬、給与、雑給、賞与、外注費、法定福利費、建物及び建物附属設備に係る減価償却費、利子割引料、地代家賃等を除いた経費費目の金額を算出して、その合計経費の売上金額に対する割合(原告主張の「常識的な一般経費率」。)を算出し、これにより原告の「常識的な一般経費」を算出し、原告の売上金額から、売上原価とともにこれを控除し、さらに原告の確定申告書により明らかな人件費と被告が是認した建物及び建物附属設備に係る減価償却費、利子割引料、地代家賃、固定資産除去損を控除して、原告の本件係争事業年度の所得金額を推計すべきであり、このような推計方法こそが、合理性を有する唯一の推計方法である旨主張する。

しかし、推計の方法には、様々な手法があり得るのであって、当該方法が合理的であるといえるためには、実額課税の代替手段としてふさわしい一応の合理性があれば足りるところ、既に検討したように、本件推計には、一応の合理性を認めることができるから、これとの推計方法の優劣を争う主張は、それ自体理由がない。

(八) また、原告は、本件推計における豆腐等製造に係る比準同業者の売上原価率の各事業年度の比率に、安定性がないこと及び原告のように経年の変化がない事業に対し、一般経費率が毎年増加している右比準同業者の同業者比率を適用するのは適切でない旨主張する。

右売上原価率及び一般経費率が、原告主張のとおりであることは別紙3のとおりであるが、この程度の売上原価率及び一般経費率に差異が生じることは不自然とはいえず、本件推計の合理性を失わせるものではない。

(九) さらに、原告は、原告の妻は原告の従業員として給料を受け取っており、被告の推計方法ではこれも「一般経費」に解消されるが、本件の比準同業者においては、それぞれ取締役報酬が一般経費から除外されていることなどから、本件推計によると、原告の実際の一般経費率よりも低い一般経費率が適用されてしまう旨指摘する。

しかし、弁論の全趣旨によれば、原告の妻は取締役ではないのであるから、被告の推計方法では、その給料が「一般経費」に解消されるのは当然であるし、その他、原告の主張は、本件推計方法の合理性を失わせるほどのものとはいえない。

以上によれば、本件推計の方法は合理的であると解される。

三 実額反証

1 被告は、第二の二3(一)(1)のとおり、原告の本件係争事業年度における所得金額等を主張したが、その金額は次のとおりである。

昭和六〇年一二月期

〈1〉 売上金額            二億六〇六一万一七八五円

〈2〉 売上原価            一億二八九〇万三三六一円

〈3〉 一般経費              九四六六万四七九五円

〈4〉 役員報酬                  一二〇〇万円

〈5〉 建物及び建物附属設備に係る減価償却費 一二九万九〇二五円

〈6〉 地代家賃               五四九万二六〇〇円

〈7〉 支払利息割引料            一〇六万四三三六円

〈8〉 受取利息                 九万五六一五円

〈9〉 受取配当金                   六四〇円

〈10〉 所得金額              一七二八万三九二三円

昭和六一年一二月期

〈1〉 売上金額            二億七五五七万七八六二円

〈2〉 売上原価            一億三四八七万一七四七円

〈3〉 一般経費            一億〇二七一万三二九四円

〈4〉 役員報酬                  一二〇〇万円

〈5〉 建物及び建物附属設備に係る減価償却費 一八〇万〇二二九円

〈6〉 地代家賃               七一〇万四〇〇〇円

〈7〉 支払利息割引料            一八三万五一三九円

〈8〉 受取利息                七五万五五九五円

〈9〉 受取配当金                   六四〇円

〈10〉 雑収入                 四六万三二四〇円

〈11〉 所得金額              一六四七万二九二八円

これに対し、原告は、被告が主張する右金額のうち、各順号〈3〉の一般経費及び各所得金額以外の金額について、これをすべて認めるとして、一般経費について、昭和六〇年一二月期は一億〇六〇三万三一九四円であり、昭和六一年一二月期は、一億一一二三万一九七四円であると主張する。

そこで、税務訴訟において、被告が主張する売上金額等を原告がそのまま認め、一般経費のみを実額主張することができるかを検討する。

2 前記認定の事実によれば、本件推計は、原告の各事業の売上原価の金額を基礎として、その売上金額及び一般経費をともに推計するという方法によりされたものであるところ、このように、収入金額及び必要経費がともに推計により算出されている場合に、原告が実額を主張して推計によって算出された所得金額を争うためには、収入金額の総額も実額で立証する必要があるというべきであり、単に推計の一項目に過ぎない必要経費のみを実額で主張することは、有効な実額反証とはなり得ないと解される。

すなわち、推計による収入金額は、原告の実際のすべての収入金額であるとは限らないから、収入金額と必要経費がともに推計により算出されている場合、仮に必要経費のみの実額反証によって所得金額を算出することを認めるとすれば、推計による収入金額と実額による必要経費という全く対応関係にないものの間で、所得金額を算出することとなり、それ自体意味がないことになるというべきである。

そして、〈証拠略〉によれば、本件において、原告の本件係争事業年度の実際の収入金額は被告の推計による収入金額を相当上回ることが推認されることからしても、原告が、前記のような形で一般経費のみを実額主張することは許されないと解される。そうすると、一般経費について、原告主張の金額の有無について判断するまでもなく、右の主張は理由がない。

また、右が本件推計の合理性を否定する反証としての意味をも有するとの原告の主張については、一般経費のみについての実額反証が意味のないことが前述のとおりであるのと同様、それだけでは、推計の合理性を否定する有効な反証とはなり得ないと解される。

第四本件更正処分及び過少申告加算税賦課決定の適法性

本件更正処分における原告の所得金額は、それぞれ別表一、二のとおり(争いがない。)

昭和六〇年一二月期 一二五三万一七八一円

昭和六一年一二月期 一五二五万二三一八円

であるが、前記認定の推計方法により、認められる原告の本件係争事業年度の所得金額は、それぞれ

昭和六〇年一二月期 一七二八万三九二三円

昭和六一年一二月期 一六四七万二九二八円

であって、前者はいずれも後者の金額の範囲内であるから本件更正処分は適法であり、したがって、これらの金額を前提としてされた本件過少申告加算税賦課決定もまた適法である。

第五結語

よって、原告の請求は、いずれも理由がないから、これを棄却し、主文のとおり判決する。

(裁判官 浅野正樹 秋武憲一 小河原寧)

別表、別紙〈略〉

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